古代のエッセンシャルオイル

古代から香りは薬に使われていました

エッセンシャルオイルは、大昔から貴重な自然の恵みとして利用されてきました。科学的に作られる医薬品がなかった時代は、エッセンシャルオイルこそが薬として活用されていたのです。人類が初めて使った薬だったのです。
エジプトの象形文字と中国の写本から、数千年間、聖職者や医者がエッセンシャルオイルを肌の保湿や香水として現代のアロマセラピーのように使っていたことが分かります。古代エジプトではミイラ作りに用いられ、防腐処理でエッセンシャルオイルを使用していました。ツタンカーメンの墓で、雪花石膏製の壺に、保存状態のよいオイルが発見されています。
エジプトの寺院は、オイルの生成とブレンドする場所だけに使用され、その生成方法は、壁に象形文字で記録されていました。聖書には、フランキンセンス、ミルラ、ローズマリーなどのエッセンシャルオイルについて、188カ所におよんで書いています。

王族にふさわしい香り―古代エジプトの儀式、祈り、そしてロマンス

古代エジプトでは、パフュームや天然オイルは宗教儀式の中で大きな役割を果たしていました。香りで空気を清め、神々へ捧げものをするのです。古代エジプト人にとってパフュームや身だしなみはとても重要で、それらを象徴するネフェルテムという神がいたほどです。裕福な人は死後にお香や香油とともに埋葬されていることも多く、事実ツタンカーメン王の墓には、凝った装飾が施されたパフューム容器が見つかっています。エッセンシャルオイルが神々や王族のためだけのものだったのは、作るのがとても大変だったからです。

儀式で頻繁に使われ、薬としても用いられていたキフィトいうお香は、決まったレシピはないものの、主にミルラやミモザ、シナモン、ミントなどが含まれていました。キフィは古代エジプトの祭司が作っていたため、彼らは世界最古の調香師と言われています。

古代エジプトの薬やお香の原材料は、現代でも使われているものとほぼ同じ。しかし、それらから作り出していたパフュームは、今よりもずっと香りの弱いものでした。彼らはまだ香りを蒸留することを発見していなかったため、植物に圧力をかけてオイルを搾り出したり、植物を液体や油脂に長期間漬け込んだりしていたのです。

汚れた空気を清める―古代ギリシャの病気治療法

古代ギリシャや古代ローマ時代にも、パフュームやお香は葬儀や宗教儀式で大切な役割を果たしていました。愛の女神・アフロディーテが神話の世界で住んでいたとされるキプロスでは、2007年、世界最古のパフューム工場が発掘されましたここで作られた香りは神殿や礼拝者に提供され、彼らが崇拝する神により近づくことができると信じられていたのです。古代エジプトとは違い、ローマ時代にはパフュームはより幅広い層の人々に利用されていました。安いパフュームは陶器の瓶に、より高価なものは豪華に飾られた小瓶に入れられ、専門店や露店で売られていました。

ローマ人もギリシャ人も、まだ植物から香りを蒸留する術は持っておらず、代わりに素材を燃やしたり、ローズ、スミレ、ジャスミンなどの原材料をオイルに漬け込んだりして香りを抽出していました。しかしパフュームは、人々に良い香りをまとわせるためにだけ使われていた訳ではありません。ギリシャやローマでは、汚れた空気は病気を蔓延させると信じられていました。近代医学の父・ヒポクラテスは、「危険な匂いが風によって運ばれ、深刻な病気を引き起こす」と記しています。そのため、人々はお香を焚いて香りを空間に充満させることで、病気が広まるのを防ごうとしたのです。

蒸留法の発見―古代ペルシャのパフュームウォーターと薬学

蒸留法の発見は、古代ペルシャ(現在のイラン)まで遡ります。この地で医師のアヴィセンナは、オイルをベースとしないパフュームの生成方法を発明しました。この発明によりペルシャ人はローズウォーターを生産することができるようになり、現在もイランの特産品として知られています。

この時代の科学者たちによって完成された蒸留器は、パフュームだけでなく薬学の分野においても重要な新発明となりました。蒸留器によって、病気や疾患の治療に使われるアルコールなど、重要な医療用物質の生産が可能になったからです。

科学は飛躍的な進歩を遂げていましたが、パフュームの世界では、蒸留法は主にパフュームウォーターを作る場合にのみ活用されていました。現在のようなエッセンシャルオイルが生産できるようになったのは、後に抽出法が確立されてからです。パフュームはペルシャでもステータスの象徴であり、王族や上流階級の人々が、自身の肖像画にパフューム瓶や香りの抽出に利用する花々を描き入れさせたことからわかるように、富と名声を表すものでした。

薬局の誕生―中世・ルネッサンス時代のポマンダーと初期の製薬

中世からルネッサンス時代になると、パフュームやエッセンシャルオイルの使用方法は徐々に変わっていきました。西洋の国々では、キリスト教の教えにより個人的に香りをまとうことは華美であると考えられ、個人での使用は減少しました。しかしながら、礼拝に香りを利用する伝統は続き、神に捧げるためのお香が焚かれていました。嫌な匂い―この時代にはたくさんありましたが―は神への侮辱と考えられ、またヒポクラテスの教えに基づき病気につながるともされていました。

悪い空気を遠ざけるため、人々は「ポマンダー」と呼ばれる、オイルやお香、香料が入ったお守りを首から下げていました。イングランド女王メアリー1世が身につけていたポマンダーには、安息香、蘆木、ローズウォーター、ラブダナムといった良く知られた素材だけでなく、竜涎香、ジャコウジカやジャコウネコから得られるムスクなど、現在はほとんど使われていない動物性の原材料も含まれていました。

また、香り高く強い匂いを持った香料を調合して売る、専門の薬局が誕生しました。こうした初期の調香師は多くの場合、同時に薬剤師でもありました。また、植物や香辛料の医学的・治療的な有効性が知られ始めたのもこの時期です。薬局は天然素材の効能を利用し、さらに世界中から集められた原材料と組み合わせて、新たな調合薬を作り出していました。

持ち歩けるエッセンシャルオイル―啓蒙時代、誘惑とステータスとしてのパフューム

18世紀から19世紀、パフュームは誘惑の道具であるとともに、富と高潔さの象徴とされるようになりました。パフュームを買うことができる人々は、服や体、髪、アクセサリー、さらには入浴にまで、ありとあらゆるところにパフュームを使っていました。貴族たちにとってなくてはならないもので、「nécessairesdevoyage(旅の必需品)」と呼ばれる旅行に必要な道具を収納したトラベリングケースに、いくつものパフューム瓶やブレンドされた香りを入れて持ち歩いていたほどです。

かのマリー・アントワネットにとってこのトラベリングケースは不可欠なものであり、フランス革命時に国外への亡命を図った際に、大切なトラベリングケースのレプリカを発注したのは有名な話です。また、細菌が発見された1800年代には、入浴の重要性が叫ばれていました。嫌な体臭を隠すために強い香りを使う必要性がなくなり、そのためパフュームの嗜好も変わっていったのです。

香りの強い動物性のムスクに代わり、よりフレッシュで、フローラルな香りが好まれるようになりました。さらに、古代遺跡の発掘をきっかけに流行したエジプトやローマ、ギリシャのスタイルは、当時のパフューム瓶のデザインに影響を与えました。

ヒポクラテスにより医療は呪術から科学へ

ギリシャでは、「医学の父」と呼ばれるヒポクラテスが、それまでの呪術的なものから病気を科学的にとらえ、西洋医学の基礎を築き、「四体液説」という体質別の治療などを唱えたりしました。 
 また、『ヒポクラテス全書』には、香油でのマッサージなどが残されています。「植物学の祖」とされるデオフラトスは約600種の香料植物を『植物誌』にまとめました。
アラビアの哲学者であり、医学者のイブン・シーナーは、11世紀初頭に蒸留器を開発し、ローズなどを蒸留して、医療を利用しました。
中世のヨーロッパでは、修道院内の薬草園で感染症を防ぐ薬の研究や多くの薬草療法が考え出されました。

ヒポクラテスにより医療は呪術から科学へ

中世以降、芳香療法がヨーロッパ各地で発展

ルネッサンス期には、イタリア、フランス、ドイツなどヨーロッパ各地で芳香植物の研究が進められ、エッセンシャルオイルは香水、医療、医薬、美容などに発展を遂げることになります。
そして、20世紀の初頭にフランスの化学者ルネ・モーリス・ガットフォセによって、アロマテラピーという言葉が生まれました。その後オーストラリア人の生化学者マルグリット・モーリーがインドや中国などの伝統的な医学や哲学を研究し、エッセンシャルオイルを植物油(キャリアオイル)で希釈してマッサージする方法を提唱し、ホリスティック(総括的)アロマテラピーとしてイギリスにひろまります。
この考え方は、シャーリー・プライスやロバート・ティスランドに引き継がれ、現在も研究が進められています。

心に効く香り―癒しや健康のためのエッセンシャルオイル

エッセンシャルオイルは古くから、心、身体、魂に恩恵をもたらすものとして重宝されてきました。しかし、「アロマテラピー」という言葉が生まれたのは比較的最近のこと。20世紀初めに発表されたルネ=モーリス・ガットフォセの著書によるものです。ガットフォセは、火傷を負った手をラベンダーオイルの入った容器に誤って浸したところ、その治癒力に気づいたといいます。

エッセンシャルオイルとマッサージを組み合わせることで身体的・精神的な効能が得られるとされるアロマテラピーは、それ以降人気を集めています。アロマテラピーに関するコースや専門家、書籍、メディアは多種多様で、それらが謳う効能の精度や科学的根拠を証明することは困難です。いろいろな意味で、アロマテラピーという言葉は様々なコンセプトを包括する、いわば総称となっているのです。

多くの人は、エッセンシャルオイルはちょっとした気分転換程度のものと認識しています。一方で、アロマテラピーを代替医療とみなし、あらゆる病気を治す効力があると信じている人もいます。どちらにせよ、古代から伝わる心、身体、魂への効果により、エッセンシャルオイルは今や様々な商品に欠かせないものとなっています。

Scroll Up